最低制限価格制度の仕組みと対策:計算方法から入札戦略まで

最低制限価格制度とは

最低制限価格制度とは、公共工事等の請負契約の入札において、工事の品質確保と適正な履行を確保するため、あらかじめ最低制限価格を設定し、これを下回る入札を失格とする制度です。

この制度により、過度な価格競争(ダンピング)を防ぎ、工事の品質維持と建設業の健全な発展を図っています。

法的根拠

地方自治法施行令第167条の10

条文(出典:e-Gov法令検索):

普通地方公共団体の長は、一般競争入札により工事又は製造その他についての請負の契約を締結しようとする場合において、当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは、あらかじめ最低制限価格を設けて、予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず、予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者を落札者とすることができる。

国の契約における根拠

国の契約では、会計法および予算決算及び会計令に基づき、低入札価格調査制度が採用されています。最低制限価格制度は主に地方自治体で運用されています。

しおさん
国と地方自治体では制度が異なります。国は「低入札価格調査制度」、地方自治体は「最低制限価格制度」が主流です。どちらもダンピング防止が目的ですが、運用方法が違います。

制度の目的

1. ダンピング防止

ダンピングの弊害

  • 工事品質の低下
  • 安全対策の軽視
  • 下請企業へのしわ寄せ
  • 技能労働者の処遇悪化
  • 建設業の健全な発展阻害

2. 適正な履行の確保

不当に安い価格での受注は、以下のリスクを招きます:

  • 手抜き工事による品質低下
  • 安全管理の不備による事故発生
  • 工期遅延や契約不履行

2024年の制度改正

国土交通省基準の見直し

2024年4月、国土交通省は低入札価格調査基準価格の計算式を改定しました(出典:国土交通省)。

主な改正内容

業務分野 改正前 改正後
測量業務 一般管理費等算入率 0.48 0.50
地質調査業務 一般管理費等算入率 0.48 0.50
設計業務 一般管理費等算入率 0.48 0.50
設計業務 調査範囲 0.60-0.80 0.60-0.81

適用時期:2024年6月1日以降に公告・指名通知を行う入札から適用

地方自治体の対応

多くの地方自治体が国土交通省基準に準拠して、順次計算式の見直しを実施しています。

最低制限価格の計算方法

基本的な計算構造

最低制限価格は、工事費の各構成要素に対して異なる係数を設定して計算されます。

一般的な計算式

最低制限価格 = 直接工事費×係数A + 共通仮設費×係数B + 現場管理費×係数C + 一般管理費等×係数D

自治体別の計算例

神奈川県の例(出典:神奈川県

土木工事の場合

最低制限価格率(%) = [
  {直接工事費×(1.00-0.97) + 
   共通仮設費(積上分)×1.00 + 
   共通仮設費(率分)×0.9 + 
   現場管理費×(0.8×α+β) + 
   一般管理費等×0.68} ÷ 工事価格
] × 100

建築工事の場合

最低制限価格率(%) = [
  {直接工事費×0.94 + 
   共通仮設費(積上分)×1.00 + 
   共通仮設費(率分)×0.7 + 
   現場管理費×0.8×α + 
   一般管理費等×0.68} ÷ 工事価格
] × 100

係数の意味

  • 直接工事費係数:材料費比率により変動(0.97-1.00)
  • 共通仮設費係数:積上分は1.00、率分は0.7-0.9
  • 現場管理費係数:0.8程度
  • 一般管理費等係数:0.68程度

設定率の傾向

工事種別による設定率の目安

工事種別 設定率の範囲 一般的な水準
土木工事 70-85% 75-80%
建築工事 70-85% 75-80%
設備工事 75-90% 80-85%
業務委託 70-85% 75-80%
あきら君
最低制限価格率は自治体によって大きく異なります。入札前に必ず発注者の運用基準を確認しましょう。同じ工事でも自治体によって10%以上違うこともあります。

全国の導入状況

導入率の推移

国土交通省の調査(2024年)によると:

  • 都道府県:100%導入済み
  • 政令市:100%導入済み
  • 市区町村:約95%導入済み

制度の多様性

最低制限価格制度の運用は、各自治体の判断により以下の点で多様性があります:

  1. 適用対象工事
    • 工事種別(土木、建築、設備等)
    • 工事規模(金額による適用基準)
    • 契約方式(一般競争、指名競争)
  2. 計算方法
    • 係数の設定値
    • 変動要素の考慮
    • 特別加算の有無
  3. 事後公表
    • 最低制限価格の公表時期
    • 公表方法
    • 公表範囲

低入札価格調査制度との違い

最低制限価格制度

特徴

  • 設定価格を下回ると自動的に失格
  • 主に地方自治体で採用
  • 基準が明確で判定が迅速

低入札価格調査制度

特徴

  • 設定価格を下回ると調査対象となる
  • 国の機関で主に採用
  • 調査の結果、履行可能と判断されれば落札可能

調査項目例

  • 積算内容の妥当性
  • 施工体制の確保状況
  • 下請契約の適正性
  • 労働者の賃金水準

入札戦略と対策

1. 事前の情報収集

収集すべき情報

  • 発注者の最低制限価格設定方針
  • 過去の同種工事の落札率
  • 設定率の傾向分析
  • 競合他社の動向

情報源

  • 入札結果の公表資料
  • 発注者のWebサイト
  • 業界団体の情報
  • 同業他社との情報交換

2. 適正な積算

重要なポイント

  • 正確な数量拾い出し
  • 適正な単価設定
  • 現場条件の十分な把握
  • 安全対策費の適切な計上

3. 入札価格の検討

検討プロセス

  1. 詳細積算による原価計算
  2. 最低制限価格の推定
  3. 競合状況の分析
  4. 利益率と受注確率のバランス検討

価格設定の考え方

予定価格 × 推定最低制限価格率 ≤ 入札価格 ≤ 予定価格

実務上の注意点

1. 計算式の確認

必須確認事項

  • 最新の計算式の適用
  • 係数の更新情報
  • 特別な加算要素
  • 端数処理の方法

2. 失格リスクの回避

対策

  • 十分な安全率の確保
  • 複数パターンでの試算
  • 過去の実績データの活用
  • 積算ミスの防止

3. 品質確保との両立

最低制限価格制度の目的を理解し、適正な価格での入札を心がけることが重要です。

制度の課題と今後の方向性

現在の課題

  1. 計算式の複雑化
    • 自治体ごとの差異拡大
    • 事業者の対応負担増加
  2. 設定率の妥当性
    • 実勢価格との乖離
    • 定期的な見直しの必要性
  3. 透明性の確保
    • 基準の明確化
    • 結果の適切な公表

今後の方向性

  1. 基準の標準化
    • 国基準への準拠促進
    • 自治体間の連携強化
  2. デジタル化の推進
    • 電子入札システムとの連携
    • 自動計算機能の充実
  3. 実態に即した見直し
    • 定期的な検証
    • 建設業界の意見反映
しおさん
最低制限価格制度は建設業界の健全な発展に欠かせない制度です。制度を正しく理解し、適正な価格での入札を通じて、業界全体の品質向上に貢献していきましょう。

まとめ

最低制限価格制度は、公共工事の品質確保と建設業の健全な発展を図る重要な制度です。2024年の改正により、より実態に即した運用が図られています。

成功のポイント

  1. 制度の正確な理解:法的根拠と目的の把握
  2. 情報収集の徹底:発注者別の運用基準確認
  3. 適正な積算:品質確保を前提とした価格設定
  4. 継続的な改善:結果の分析と次回への活用

入札参加にあたっては、各発注機関の最新の運用基準を確認し、適正な価格での入札を心がけることが重要です。

参考資料

※本記事は2024年6月時点の法令・基準に基づいています。最新の情報は各機関の公式サイトでご確認ください。